アナログバックアップの使用例とメリット|遡及時間とスライドバック動作を徹底解説

計装

はじめに

計装制御におけるアナログバックアップは、異常時でも運転を継続する重要な仕組みです。制御信号の喪失時にバックアップ動作がなければ、生産停止や設備損傷のリスクが高まります。本記事では、実際の使用例や導入メリットを示しつつ、「遡及時間」と「スライドバック」という専門用語を初心者でも理解できるよう解説します。さらに、遡及時間の設定方法や運用上の注意点も、電気計装の現場経験を踏まえて詳しく紹介します。

アナログバックアップとは

アナログバックアップとは、通常は自動制御機器(PLCやDCS)からの信号で運転する設備を、断線やコントローラダウンなどの異常時に、アナログ回路や手動操作に切り替える機能です。代表的なのはJB(ジャックバックアップ)方式で、計装盤内に専用切替回路を組み込みます。これにより、制御装置の故障や通信断が起きても、バルブ開度やモータ出力を安定状態で維持できます。重要なのは、切替時に出力の段差を最小限にし、現場オペレーターが安全かつ迅速に操作できることです。

通常時はカスケード動作で外部の自動制御機器(PLCやDCS)からのCAS入力信号をそのままMV出力としてスルー出力し、自動制御を行います。これは上位制御が正常に機能している場合の運転で、現場側が出力を直接操作することはありません。一方、上位制御やセンサーの異常、通信不良などによりCAS入力が適切でない場合は、MAN指令スイッチをONにしてマニュアル動作へ切り替えます。マニュアル動作では、切替瞬間のCAS入力値を使うDIRECTモード、設定時間だけ前の値を使うTRACE BACKモード、固定値を使うFIXED VALUEモードから選べることが多いです。出力はUP/DOWN指令で調整可能です。このように、異常時は現場判断で出力を安定させるための手動制御に移行できます。

また、マニュアル動作から再び自動制御へ戻す場合は、MAN指令をOFFにすると後述のスライドバック動作が始まり、設定した速度でMV出力をCAS入力値に近づけます。両者が一致すると自動でカスケード動作に復帰します。また、停電から復電した場合の挙動も設定でき、直前値を保持して再開するか、固定値で開始するかを選択可能です。これにより、瞬時停電や長時間停電後も安全かつ安定した運転復帰が可能となります。正常時と異常時の切替は、制御系全体の信頼性を維持しつつ、現場の即応性を高める重要な機能です。

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スライドバックとは?【用語解説】

スライドバックとは、手動運転から自動運転に戻す際、出力値を連続的に変化させる方式です。これにより、切替直後の段差によるショックや設備負荷の急変を防ぎます。例えば、手動で50%出力に固定していたバルブを自動制御に戻す際、設定値との差をゆっくり追従させることで、配管内の圧力変動や製品品質への影響を抑えられます。PID制御ループでは特に重要な機能です。

スライドバック機能がない場合、マニュアル動作から自動動作に戻す際、現在の出力値が自動制御の目標値と異なると、その差分が一瞬で補正されます。これにより、バルブやモータの出力が急変し、配管内の圧力変動や温度ショック、負荷機器への過大応力が発生する恐れがあります。結果として、プロセスの乱れや品質低下、場合によっては機器損傷や安全弁作動などのトラブルにつながり、安定運転が大きく損なわれます。

遡及時間とは?【用語解説】

遡及時間とは、手動運転を開始してから自動運転へ戻す指令点までの時間遅れを指します。マニュアル動作開始時に過去のCAS入力値を使用できる「遡及時間(TRACE BACK)」機能です。これは、切替直前ではなく、あえて数秒前の値を初期値として出力することで、負荷やプロセスの乱れを抑える効果があります。計装設計では、制御対象の応答時間や安全上の要求を考慮し、適切な遡及時間を設定します。

断線の場合にはこの遡及機能が無いと、タイミングによっては出力0になってしまう危険性もあるので、コストとループの重要性のバランスにもよりますが、アナログバックアップ使用時には遡及機能がありの機器を選定するのが良いでしょう。

アナログバックアップの使用例

1. プロセス制御における重要ループの保護

化学プラントや発電所では、炉温や圧力の制御ループが停止すると、重大な安全事故につながります。このため、重要ループにのみアナログバックアップ回路を組み込み、制御装置がダウンした場合でも、プラントを安全に運転維持できるようにします。これにより、プロセスを停止せず安全状態を維持でき、復旧作業に十分な時間を確保できます。例えば、大容量のポンプ出力が急変動すると、配管に悪影響を与えることがあります。遡及時間有りのアナログバックアップを使用することで圧力の急変動を抑えることができます。

2. PLCやDCS障害時の手動運転対応

制御システム全体の障害時には、すべての制御ループを即座に手動へ切り替えることは困難です。そのため、現場で特に重要な制御回路だけにアナログバックアップを設けます。例えば冷却水ポンプや安全弁制御では、数秒の遅れがトリップや設備損傷を招くため、即時の手動運転が有効です。

3. 長期メンテナンス時のバイパス運転

計装システムの更新やDCS改造工事では、数時間から数日にわたり自動制御を停止する場合があります。この間、対象ループをアナログバックアップに切り替えて手動運転を行い、生産を継続します。こうした運用は、停止コストの高いプラントでは特に有効です。

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アナログバックアップ導入のメリット

1. システムの信頼性向上

アナログバックアップを導入すると、外部のPIDコントローラやDCSからの信号が途絶えたり異常値を送信してきた場合でも、現場側で出力を保持できます。MAN指令をONにすれば、切替時点の値や固定値を基準にして出力を安定させられるため、制御系全体の停止を防ぎます。これにより、緊急時でもポンプやファンなど重要機器の稼働を継続でき、生産ラインやプラントのダウンタイムを最小限に抑えられます。また、上位システムの復旧を待たずに現場判断で安全側に制御値を移行できるため、運転の柔軟性と安全性が大幅に向上します。

2. 緊急時のダウンタイム短縮

MAN動作から自動制御(カスケード動作)への復帰は、スライドバック機能により設定した速度で徐々に行われます。これにより、急激な出力変化による機器やプロセスへの負荷を防ぎ、安定した復旧が可能です。また、停電後の復電時の動作も、直前の出力値を保持するか固定値から始めるかを選択でき、設備や運転条件に応じた最適な復帰動作を構築できます。この柔軟性は、瞬時停電や計画停止後の立ち上げ時にも効果を発揮し、オペレーションミスや負荷急変によるトラブルを未然に防ぎます。結果として、復旧作業の安全性と効率が大幅に向上します。

3. 設備保全・点検作業の安全性向上

アナログバックアップを活用すると、上位制御を切り離してマニュアル出力に固定し、安全な状態で機器の点検や試運転が行えます。例えばポンプやファンの単独試運転時、上位制御信号を止めても出力が不安定にならず、現場で安全に動作確認が可能です。また、動作モードを固定値や過去値に設定することで、負荷や機器に急な変動を与えるリスクを低減できます。これにより、定期保守や改造作業の際も安定した運転条件を維持でき、作業者の安全確保と機器寿命の延伸に寄与します。

遡及時間の設定

適切な遡及時間は負荷特性によって異なるため、機器や運転条件に合わせた設定が重要です。急応答が求められる負荷では、遡及時間を0.1秒付近に設定し、直前の値をそのまま使うことで速やかに復旧できます。一方、温度や水量のように変化が緩やかな負荷では、1〜3秒程度前の安定値を採用すると過渡変動を抑えられます。さらに、燃焼炉や化学反応槽のように変動が大きく敏感なプロセスでは、3〜5秒程度前の値を採用し、急激な出力変化を避けることで安全性と安定性を確保できます。適切な設定は運転の安定化に直結するため、現場試験を通じて最適値を見極めることが望ましいでしょう。

負荷タイプ運用例推奨遡及時間設定の狙い
急応答型冷却水ポンプ、送風機0.1〜0.5秒直前値で即復旧し不足防止
緩やかな変化型温水加熱ヒーター、冷却塔ファン1.0〜3.0秒安定値を使い過渡変動抑制
変動が大きいプロセス型化学反応槽の攪拌機、燃焼炉燃料弁3.0〜5.0秒急変回避し安全・安定化

アナログバックアップの注意点と失敗例

① 遡及時間設定ミスによる出力ショック

現場でよく見られるのが、遡及時間(TRACE BACK)の設定ミスによる出力の急変です。例えば、化学反応炉の燃料弁で遡及時間を0.1秒に設定していた場合、マニュアル切替直後に直前の変動値がそのまま出力され、燃焼が不安定になることがあります。逆にポンプやファンのように即応性が必要な負荷に長めの遡及時間を設定すると、切替直後の出力が想定より低くなり、流量不足や圧力低下を招きます。負荷特性に合わない設定は、プロセスの安定性を損ない、品質低下や安全弁作動といったトラブルにつながるため、運転特性を考慮した適正値の設定が不可欠です。

② スライドバック速度の過大設定によるプロセス乱れ

スライドバックはマニュアル動作から自動制御に戻る際の出力調整速度を決める機能ですが、この速度設定が過大だと復帰時に出力が急激に変化し、プロセスが乱れる恐れがあります。例えば、温度制御のヒーターで急激に出力が低下すれば加熱不足が発生し、製品品質に悪影響を及ぼします。逆に過小設定にすると復帰まで時間がかかり、負荷応答が遅れて運転効率が低下します。速度設定は負荷の応答性とプロセス許容範囲を考慮し、現場試験を経て最適化することが重要です。調整不足はトラブルの温床となります。

③ MAN指令の誤操作や切替忘れ

現場では、メンテナンスや調整作業後にMAN指令をOFFに戻し忘れ、意図せずマニュアル動作のまま運転が続くケースがあります。この場合、上位制御からの修正信号が反映されず、負荷が一定値で固定されてしまい、プロセス条件が変化しても対応できません。また、切替タイミングを誤ると、不要な出力変動や負荷ショックが発生します。特に複数のオペレーターが交代で操作する現場では、モード状態の確認を怠らないことが重要です。運転引継ぎ時のチェックリスト化や表示灯の明確化が、こうしたトラブル防止に有効です。

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まとめ

アナログバックアップは、制御システムの信頼性を高め、緊急時のダウンタイムを短縮する有効な手段です。特に遡及時間とスライドバックの適切な設定は、安全かつ安定した切替に欠かせません。設計段階での配慮と現場での定期点検を組み合わせることで、長期的な設備稼働の安定性を確保できます。計装担当者や電気技術者は、単なる冗長機能ではなく、現場運用を支える重要な仕組みとしてアナログバックアップを理解し、活用すべきです。

この記事を書いた人
T係長

30歳で制御設計の世界に飛び込み、未経験から10年以上にわたり、プラント設備の制御設計・更新・改造案件に携わってきました。これまで100件を超える現場経験を通じて、設計図面から制御盤、シーケンス制御、保護協調まで幅広い電気技術を磨いてきました。
保有資格は「第二種・第三種電気主任技術者」「第二種電気工事士」「基本情報技術者」。資格の枠にとらわれず、現場で困っている人を助けられる技術者であることを大切にしています。
このブログ「誠電気設計」では、初心者や若手エンジニアの方にもわかりやすく、実務に役立つ知識を共有しています。学びを通じて、読者とともに成長し続けることを目指しています。

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