はじめに
電気設備の設計実務において、接地システムの構築は最も基礎的でありながら、最も深い専門性が問われる領域の一つです。特に高圧需要家における接地の「共用」と「分離」の判断は、多くのエンジニアが一度は直面する難題です。かつての設計現場では、弱電回路へのノイズ波及を懸念して各接地種別を物理的に引き離す「分離接地」が推奨されていた時期もありました。しかし、電子機器の高度化と雷保護理論の進展に伴い、現代では「共通接地(共用)」が設計のスタンダードとなっています。本記事では、対地電位の上昇(以下、GPR:Ground Potential Riseと呼ぶ)の計算を軸に、なぜ共用が正解とされるのか、そして例外的に分離を選択すべき数値的境界線はあるとすれば、どこにあるのかを、6.6kV非接地系統の実態に即して徹底的に解説します。
GPR(対地電位上昇)の定義と物理的メカニズム
まず、本ブログのキーワードである GPR について定義を明確にしておきましょう。GPR とは、地絡事故や雷サージなどの異常電流が接地極を通じて大地に流れ込む際、接地抵抗によって接地極およびその周辺の大地の電位が局所的に上昇する現象を指します。
理想的な接地であれば電位は常にゼロであるべきですが、現実には接地抵抗 R が存在するため、流れる電流 I に対して \( V = I \times R \) という単純なオームの法則に従って電位が跳ね上がってしまいます。この上昇した電位が、接地線を介して本来は低電位であるべき弱電回路や制御回路の基準電位(グラウンド)を不安定にして、絶縁破壊や誤動作を招く要因となります。これだけ書いても、実はあまりその実態や問題点の核心に迫ることは出来ません。もう少し具体的に背景知識から深掘りする必要性があります。
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非接地系統における地絡電流の実態と計算
日本の 6.6kV 系統で広く採用されている非接地方式では、一線地絡時の電流 \(I_g\) は対地静電容量に依存するため、物理的には数Aからせいぜい十数A程度にとどまるのが一般的です。例えば、ケーブル亘長が短い需要家であれば \(I_g\) は2Aから5A程度です。このとき、A種接地抵抗が 10Ω (電技基準値の最大) であれば、発生するGPRは \( V = 5A \times 10\Omega = 50V \) に過ぎません。
この程度の電位上昇であれば、計器用変成器(VT)の二次側や保護継電器の回路が受ける影響は極めて軽微です。多くの制御機器は、JECやIEC規格において商用周波耐電圧がAC2000V程度に設計されています。つまり、常用される非接地系統の地絡事故において、GPRが原因で機器が焼損するリスクは数値的に見てほぼ無視できる範囲内にあると言えます。この「地絡電流の小ささ」こそが、高圧需要家においてA種とD種を共用しても安全であるという主張の第一の根拠となります。
避雷器の動作と「逆フラッシオーバ」の脅威
しかし、地絡電流だけを見て「接地は常に共用で良い」と断じるのは早計です。設計者が真に考慮すべきは、単純な地絡事故よりも、遥かに巨大なエネルギーを持つ雷サージです。電技解釈の第37条では、受電電力の容量500kW未満の場合には避雷器設置の義務付けをしていませんが、雷サージの侵入は設備容量に関係無く発生するものですから、架空電線路から供給を受ける需要家の引き込み口に避雷器を設置することがより効果的です(もちろんコストとの兼ね合いですが)。一般的に私たち電気設備のプロが関わる設備は、工場の生産や公共インフラ等を担う重要設備ですから、引込口には避雷器(LA)が設置されることが多いでしょう。製品として、高圧需要家の用いる避雷器の定格電圧は8.4kVです。6.6kV受電の高圧需要家では、放電電流 2.5kA の製品が使用されることが多いですが、雷害が多いと認められる場所であれば、5kA やそれ以上の性能の避雷器を設置すれば、より一層安全性は高まります。
雷サージが侵入した場合には、避雷器が動作し、制限された数千Aのサージ電流が接地極へと流れ込みます。ここで、接地を「分離」していた場合をシミュレーションしてみましょう。仮に雷サージ \( 1kA \) が接地抵抗 \( 5\Omega \) のA種接地極に流れた場合、接地極の電位は瞬間的に 5000V まで上昇します。一方で、分離されたD種接地(弱電側)は、サージの影響を受けずに 0V を維持しようとします。その結果、高圧筐体(A種)と内部の電子基板(D種)との間に 5000V の電位差が生じ、空気絶縁や基板の絶縁を突き破る「逆フラッシオーバ」が発生する可能性があります。避雷器がどれほど高性能であっても、接地を分離している限り、この電位差による破壊を防ぐことは困難です。
実務的には避雷器は単独接地が推奨されていることが多いでしょう。T係長の関わるプラントもそうです。しかし、実は「単独接地しなければならない」との規定は無いので、接地網を共通の接地極としているような設備等では、遠方に引いて単独接地すると接地抵抗値が上昇する危険性があるので、敢えて連接して接地線を出来るだけ短くする方が有効です。これがいわゆる「等電位化」です。
等電位ボンディング:共通接地の圧倒的優位性
この逆フラッシオーバを防ぐ唯一無二の手段が、全ての接地種別を物理的に連結する「等電位ボンディング(共通接地)」です。A種、B種、D種を網状に接続し、建物全体の接地系を一元化することで、雷サージが流入した際もシステム全体が等しく電位上昇(フローティング)します。
「全体が一緒に持ち上がる」のであれば、機器内の回路間に発生する相対的な電位差は小さく抑えられます。5000V の電位上昇が発生しても、筐体も基板も同時に 5000V になれば、その差はゼロに近くなります。この設計思想は、現代の雷保護指針(JIS Z 9290)においても根幹を成すものであり、電気設計者が「自信を持って共用を選択する」ための最も強力な理論的支柱となります。
VT二次側接地(D種)の実務と放射状配線の重要性
高圧母線に設置される計器用変成器(VT)の二次回路は、計測器や保護継電器に直結される極めてデリケートな回路です。このVT二次側のD種接地を、避雷器や筐体と接続されたA種接地と共通化する際、設計者が最も留意すべきは「接地バーまでの配線経路」です。
理想的な構成は、物理的な接地極(大地の電極)は一つに統合した上で、盤内の共通接地バーから各機器へ向かって放射状に独立して接地線を敷設する手法です。これは現場で「個別引き込み」や、樹木に見立てて「枝分け」とも呼ばれる配線形態です。T係長は「共用接地」と単純に読んでいます。VT二次側の接地端子から共通接地バーまでのルートを、他のA種接地線と混触させずに単独で敷設することにより、共通インピーダンスを最小限に抑えることができます。
もし配線を途中で1本にまとめて各機器を渡るように配線をしてしまうと、そこを流れる過渡的な電流がインピーダンスによって電圧降下を引き起こし、VT二次回路の基準電位を汚染(ノイズ混入)してしまいます。しかし、接地バーという一点で初めて結合させる「枝分け」を採用すれば、平常時のノイズ干渉を物理的に防ぎつつ、雷サージのような異常時にはシステム全体の電位を揃えるという、相反する要求を同時に満たすことができます。VT回路の商用周波耐電圧(2000V)を考えれば、共通接地バーにおいてA種と接続されていても、地絡によるGPRでVTが破壊されることはありません。むしろ分離によって雷サージ時に大きな電位差を生じさせることこそ、設計上最も避けるべきリスクです。
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太陽光発電(PV)システムにおける地絡検出とGPRの特殊性
近年増加している太陽光発電システムの設計においても、この接地理論は重要です。PVシステムは通常、直流側・交流側ともに非接地系統として構成されます。T係長が用いるPCSもメーカから非接地を推奨されるものが殆どです。特に直流回路の地絡検出は、交流のような零相電流を直接捉えることが難しいため、パワーコンディショナ(PCS)による絶縁抵抗監視が主役となります。
PCSは、直流回路と大地の間に微弱な信号を重畳させ、その漏れ具合から絶縁抵抗値を算出します。ここで重要なのは、PVシステムの接地を共用する場合、PCSの絶縁監視回路が「他の設備から発生したGPR」を誤検知しないかという点です。大規模なメガソーラーなどでは、接地網の広大さゆえに、落雷時のGPR波及範囲も広くなります。こうした環境では、サージ防護デバイス(SPD)を適切に配置し、通信線や信号線におけるGPRの影響を最小限に抑える設計が求められます。
交流側非接地系統におけるZPDと地絡検出の必要性
PCSの交流側(トランス二次側)が非接地で運用される場合、従来の低圧回路のようなB種接地による地絡電流の検出が期待できません。ここで登場するのが、ZPD(零相電位検出器)やEVT(接地型計器用変圧器)です。

非接地系統では地絡が発生しても電流が数Aしか流れないため、電流だけを監視していても事故を捉えることができません。そこで、地絡発生に伴う対地電圧のバランス崩れ、すなわち「零相電圧( \(V_0 \))」を検出する必要があります。ZPDは、高圧コンデンサを利用してこの零相電圧を安価かつ省スペースに取り出すための装置です。地絡方向継電器(DGR)は、ZCTから得た零相電流と、ZPDから得た零相電圧の「位相」を比較することで、事故が需要家の内側か外側かを正確に判定します。この「電圧の変化」を捉える仕組みこそが、非接地系統における地絡保護の心臓部となります。
分離を選択すべき「境界線」の策定
さて、ここまで「共用接地」の正当性を述べてきましたが、理論上、分離を検討せざるを得ない境界線はどこにあるのでしょうか。設計者が計算書で示すべき数値的判断基準は以下の通りです。
- GPRの計算値が機器の耐電圧を超える場合
直接接地系統に近い環境(高圧需要家ではまずありえないですが)や、地絡電流が数百Aを超えるなど極端に大きく、かつ岩盤地帯などで接地抵抗が十分に下げられないケースです。計算上の \( V_{GPR} = I_g \times R \) が、機器の耐電圧(2000V等)に対して安全率を見込んでも上回る場合は、物理的な離隔を伴う分離接地が必要となります。 - ノイズ床の絶対的な要求
医療用ME機器や、ナノレベルの計測を行う実験施設など、マイクロボルト単位の電位変動が許されないケースです。ただし、この場合も「単純な分離」ではなく、医療用絶縁トランス(IPS)などを用いた「回路のフローティング」と組み合わせることが大前提です。 - 離隔距離の確保が可能であること
分離を選択する場合、接地極間の電位勾配による干渉を防ぐため、十分な距離(一般的に10m〜20m以上)を確保できる敷地面積が必要です。日本の狭小な敷地面積において厳格に「分離」を実現しようとすることは、地中での電位干渉を無視していることになり、設計上の不備となってしまうこともあります。
まとめ
高圧需要家の接地設計において、「共用か分離か」という問いに対する答えは、物理現象と計算に基づいた「共用(等電位化)」の一択に集約されつつあります。非接地系統における小さな地絡電流であればGPRは機器の耐圧内に収まり、一方で巨大な雷電流に対しては共用こそが唯一の防衛策となります。
「なんとなく弱電が心配だから分ける」という曖昧な判断は、雷による機器損傷という最悪の結果を招きかねません。設計者は \( V_{GPR} \) を計算し、それを各機器のカタログスペックにある耐電圧値と比較し、さらに雷サージ時の逆フラッシオーバのリスクを天秤にかけるべきです。そのプロセスを経て導き出された「共用接地」の判断は、施主や施工者に対しても揺るぎない説得力を持つことでしょう。

