はじめに
産業用の回転機器(ポンプ、タービン、圧縮機、発電機など)では、軸とケーシングの接点からの流体の「漏れ」が古くからの課題でした。かつてはグランドパッキン+軸封水弁で漏れと摩耗を防止するのが一般的でしたが、近年は環境規制、節水、稼働率向上の要請から メカニカルシールや、さらに進化したドライガスシール(DGS)という非接触シールへの移行が進んでいます。このブログは伝統的な軸封水弁の仕組みとその限界を整理し、現代の主流技術の仕組み・メリットを対比しながら解説します。技術は進化していますが、まだまだ既設の設備を利用することもあります。その場合の注意点もしっかりと現場技術者の目線で理解できるようにしましょう。
伝統的な軸封技術:軸封水弁
軸封水弁の目的と構成
そもそも、回転機器の軸封における基本的な目的は、回転軸とケーシングの隙間から内部の流体が外部へ漏れ出すのを防ぎ、同時に軸自体の焼き付きや摩耗を抑えることにあります。従来から広く使われてきた方式が「軸封水弁」と「グランドパッキン」を組み合わせた方式です。
グランドパッキンと一口にいっても、実際には使用環境や流体の種類に応じてさまざまな材質や構造が存在します。最も一般的なのは石綿パッキンで、かつては耐熱性・耐摩耗性に優れ、多くのポンプやバルブで採用されていました。しかし、健康被害の問題から現在はほとんど使用されていません。その代替として広く使われているのがグラファイト系のパッキンです。グラファイトは耐熱性が非常に高く、蒸気や高温の流体を扱う機器に適しており、自己潤滑性があるため摩擦抵抗を抑える効果もあります。
また、化学プラントなど薬品を扱う環境では、フッ素樹脂(PTFE)をベースにしたパッキンが活躍します。耐薬品性に優れているため、酸やアルカリといった腐食性の強い流体でも安定して使用できます。さらに、耐摩耗性を重視する場合にはアラミド繊維やカーボン繊維を用いたパッキンもあります。
このように、グランドパッキンは単なる「詰め物」ではなく、用途に応じた最適な材質選定が欠かせない部品です。適切な種類を選ばなければ、漏れの増加や摩耗の加速、ひいては機器の故障につながるため、現場では流体の性質・温度・圧力を考慮した判断が求められます。
構成としては、まず軸周りにグランドパッキンと呼ばれる詰め物を押し込んで基本的なシールを形成し、その真ん中には、圧力水などの封水を注水する部分にランタンリングを配置して封水を入れます。この封水は、パッキンを潤滑・冷却すると同時に、漏れを制御する役割を担います。そして、封水の供給量を適切に調整するために設けられるのが軸封水弁です。
必要な補機と運転上の手間
軸封水弁方式を運用するには、軸封水弁以外にも、封水ポンプや封水タンク、濾過装置、さらにはドレンの回収・処理設備といった補機が必要となる場合があります。封水は常に清浄で一定の圧力を維持する必要があるため、水質管理や補機類の点検は日常的な業務に組み込まれます。さらに、グランドパッキン方式の特徴として「微量漏れ(ドリップ)を前提とする運転」が挙げられます。これはグランドパッキンを完全に締め付けてしまうと焼き付きが発生するためであり、必ず水滴が外部に漏れるように調整することが必要なのです。
その結果、現場では封水の使用量や排水処理、清掃作業が日常的に発生します。パッキンの締め付け具合も定期的に調整しなければならず、運転員にとっては避けられないルーティンです。実際の数値例として、あるメーカーの資料では「パッキンを使用した場合、平均で1台あたり約6 L/minの漏れが発生する」と指摘されています。これを工場規模で多数のポンプに当てはめ、さらに年間を通して連続運転すると、その消費水量は数百万リットル規模に達する計算となります。つまり、この方式は単純な構造で信頼性が高い反面、水資源の消費や環境負荷という大きな課題を内包しているのです。
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軸封水弁システムが使われなくなった理由
従来の軸封水弁方式には、いくつかの根本的な課題が存在します。まず挙げられるのは、補機や配管の複雑さとコストです。封水系を維持するためには、ポンプや冷却装置、濾過設備、さらには排水処理のための配管まで必要となり、設置スペースを占有すると同時に運転コストの増大を招きます。
次に、水資源と環境への高い負荷がかかることです。グランドパッキン方式では「常時漏れを前提にする」設計思想であるため、運転中は必ず一定量の封水が外部に排出されます。これが積み重なると、プラントや工場全体では年間で数百万リットル規模の水が消費・廃棄されるケースもあり、水資源の無駄遣いや排水処理負荷の増大という形で環境への影響が避けられません。
さらに、メンテナンス頻度が高くなってしまうことも見逃せない問題です。パッキンは使用に伴って摩耗するため、定期的な締め込み調整や交換が不可欠です。これにより、運転を止めざるを得ない場面が増え、稼働率の低下や人件費の増加といった形で工場運営に影響します。
加えて、規制や企業のESG対応の観点でも、従来方式は不利となりつつあります。環境規制が強化され、排水や大気放散の管理が厳格化されるなか、大量の水消費と漏れを前提にした方式は社会的に受け入れられにくくなっています。さらに、脱炭素や省資源の要請が高まる現在、グランドパッキン方式は持続可能性の観点からも転換が求められているのが現状です。
現代の主流:メカニカルシール
1) メカニカルシールの基本構造
メカニカルシールは、固定側の「固定環(ステータリー)」と回転軸に取り付けられた「回転環(ロータリー)」という2つの高精度な摺動面を対向させ、その間に形成される微細な流体膜、あるいはごく限られた接触状態によってシールを実現します。この仕組みにより、漏れ量を従来方式と比べて大幅に低減できるのが大きな特徴です(詳細は後述)。また、使用するシールフェースの材料やスプリングの構造、さらには「バランス比」と呼ばれる設計パラメータを調整することで、圧力・温度・流体特性といった多様な運転条件に柔軟に対応できる点も、メカニカルシールが広く普及した理由のひとつです。
2) 漏れ量と消費水量の実測・設計値
多くのメカニカルシールにおいては、漏れ量は「目に見える滴が出ると異常」とされるほど極めて小さく設計されています。典型的な設計目標は数 mL/h から数 mL/min 以下であり、専門資料の一例では特定条件下で 5.6 g/h(およそ 2 滴/分)以下が基準として示されることもあります。さらに近年では、ジョン・クレイン社が開発した USP(Upstream Pumping)などの先進的なメカニカルシールが登場しており、封水の消費を約 200 mL/h 程度まで低減可能と報告されています。これは従来の方式で必要とされた 360 L/h 前後の供給量と比較しても劇的に少なく、運転コストや水資源の消費削減に大きく貢献する技術です。
3) 寿命とメンテナンス頻度
従来のグランドパッキンは摩耗や圧縮によって密封性能が徐々に低下するため、現場では一般に数か月〜長くても1年程度で締め付け調整や交換が必要になる例が多く見られます。摩擦熱やスケール付着、スラリーの含有、軸振れやずれなどが寿命を短くする主因です。
これに対してメカニカルシールは、シールフェースの高精度化やバランス設計、適切なシールサポート(フラッシュやバリアの供給)により摩耗が抑えられ、設計どおりの運転条件下では一般に3年程度を目安に長期運用が期待できます。メーカ推奨は1年程度ですが。さらに、ジョン・クレイン社などの先進設計では摺動条件の改善やバリア運用により摩耗を極小化し、実運用で5〜10年以上稼働した事例も報告されています。ただし、これらの寿命は流体の性状、温度・圧力、固形分の有無、軸の同芯度、運転サイクルといった要因に強く依存する点に留意が必要です。したがって導入検討時には現地条件に基づく仕様設計と、振動・温度・リーク検知などを組み合わせた監視・保守計画を併せて立て、ライフサイクルコスト(LCC)で評価することを推奨します。
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発電所・高付加価値用途での最先端:ドライガスシール(DGS)
1) ドライガスシールの仕組み
ドライガスシール(DGS)は、摺動面の間に窒素などの乾燥ガスを封入し、回転によって発生する動圧で摺動面を浮かせることで、非接触状態を実現する軸封技術です。摺動面が直接接触しないため、摩耗は極めて小さく、発熱もほぼゼロに抑えられます。この特性により、高速回転や高圧運転が要求される大型コンプレッサ、発電機、タービンなどでの採用が進んでいます。設計・運用面では、ガス供給や圧力監視を行う専用パネルが必要となり、適切な管理によって長期安定運転が可能となります。
2) 漏れ量と消費ガス量の実測・設計値
ドライガスシールは、従来の軸封水弁やメカニカルシールと比べ、漏れ量を極限まで抑えられることが大きな特徴です。摺動面間に封入した窒素や圧縮空気が回転による動圧で非接触状態を維持するため、実測値では漏れは数 mL/min 程度と非常に微小で、場合によっては従来のグランドパッキン方式の1/10,000以下に相当するレベルに抑制されます。
また、封入ガスの消費量も設計値では非常に低く設定されており、典型的な大型ガスタービンやコンプレッサでの運用では 数百 mL/h 〜 数 L/h 程度で済む場合が多く、従来の軸封水弁の 480 L/h 規模と比較すると劇的に少ない消費で運転可能です。現場での実測データでも、API Plan 74 等を用いたガス供給・監視システムを正しく運用することで、設計値どおりの低漏れと低消費が維持されており、環境負荷や運転コストの大幅な削減が可能であることが確認されています。
さらに、封入ガスの種類や供給圧力を運転条件に合わせて最適化することで、超高圧・高速運転においても安定したシール性能を確保できます。これにより、従来の水封やメカニカルシールで避けられなかった漏れ・消費量の課題が解消され、長期運転における効率的な資源利用が実現しています。
3) 寿命とメンテナンス頻度
ドライガスシールの最大の利点のひとつは、摺動面が非接触で運転されるため摩耗がほぼゼロとなり、寿命が非常に長い点です。従来のグランドパッキンでは数か月〜1年ごとの調整や交換が必要であったのに対し、ドライガスシールは正しい設計と運用条件の下で、数年以上にわたってメンテナンスフリーで稼働可能です。実際の発電所や化学プラントの事例では、5〜10年以上にわたり交換不要で安定運転したケースも報告されています。これは、摩擦熱や磨耗が極めて少なく、摺動面が理論的に非接触であるため、軸やシール面への損傷リスクが最小化されることによるものです。
メンテナンスの頻度は、封入ガス圧力や供給系統の監視、ガスの清浄度管理などの周辺条件に依存します。専用のガス供給・監視パネル(API Plan 74 等)を適切に運用することで、定期点検は年単位で済むことが多く、従来方式のような頻繁なパッキン交換や調整作業は不要です。また、漏れ量や摺動面温度を監視するセンサーと連動させることで、異常兆候を早期に検知でき、計画的なメンテナンスが可能となります。このため、稼働率を高く保ちながら長期的なライフサイクルコストを低減できる点も、ドライガスシールが大型発電機や高速コンプレッサで採用される大きな理由となっています。
漏れ量と年間消費量、メンテナンスの比較表
以下は「代表的/実測例」を基にした比較例です。数値は用途や機械サイズ、配管プランにより変動しますが、おおむねの数値感を掴むために現実的なレンジを提示します。計算は「1分あたりの漏れ量 × 60 × 24 × 365」で年間リットルを算出しています。
| 項目 | 軸封水(グランドパッキン) | メカニカルシール | ドライガスシール(DGS) |
|---|---|---|---|
| 基本仕組み | 軸周りにパッキンを詰め、ランタンリングと封水で潤滑・冷却 | 固定環(ステータリー)と回転環(ロータリー)の高精度摺動面で微細流体膜シール | 摺動面間に窒素など乾燥ガスを封入、回転で動圧により非接触シール |
| 漏れ量 | 微量漏れ必須(焼き付き防止のため) 平均 6 L/min(ポンプ1台あたり) | ほぼゼロレベル 設計目標:数 mL/h~数 mL/min 例:5.6 g/h(2滴/分) | 極小レベル 数 mL/min 程度(グランドパッキンの1/10,000以下) |
| 補機・配管 | 封水ポンプ、封水タンク・濾過装置、ドレン回収・処理など必須 | 補機は最小限(フラッシュ水やバリアが必要な場合あり) | 専用ガス供給・監視パネル(API Plan 74 等)が必要 |
| 消費水・ガス量 | 平均 6 L/min × 24時間×年間で数百万リットル規模 | 封水消費 約200 mL/h(USPなど先進設計) | 封入ガス 数百 mL/h~数 L/h程度(従来方式の480 L/hと比較し大幅削減) |
| 寿命 | 数か月~1年程度で調整・交換が必要 | 一般的に約3年程度、先進設計では5~10年 | 数年以上(5~10年以上稼働事例あり)、摩耗ほぼゼロ |
| メンテナンス頻度 | 定期的な締め付け調整・交換が必須 | 年単位で点検、摩耗に応じて交換 | 年単位で定期点検のみ、摩耗はほぼ不要 |
| 運転上の特徴 | 微量漏れ前提、運転員の日常業務に負荷 | 漏れ極小で安定、幅広い流体・圧力・温度に対応可能 | 高速・高圧運転に最適、非接触で摩耗・発熱ほぼゼロ、長寿命・低消費 |
実務的注意点(設計・運用)
軸封技術の選定は、用途や運転環境に応じて柔軟に判断する必要があります。例えば、高砂やスラリーを扱う現場では、軸の変位や摩耗が大きくなるため、現場性やコスト面からグランドパッキン方式が許容される場合があります。一方で、環境規制が厳しい施設や、製品品質に高い要求があるプロセスでは、漏れ量を極限まで抑えられるメカニカルシールやドライガスシール(DGS)が有利です。こうした選定は単なる初期コストだけでなく、運転効率や環境負荷、保守負担を総合的に評価することが重要です。
さらに、高信頼性運転を求める場合には、二重シールやバリア・バッファ回路を組み込むことで、万一の漏洩リスクを低減・管理できます。特にドライガスシールでは、API Plan 74 等の専用サポート回路を用いることで、非接触シールの特性を最大限に活かした安定運転が可能となります。ちなみに、バリア・バッファ回路は、回転機器の軸封部において、万一の漏れやシール破損に備えて設けられる補助回路のことです。簡単に言えば、「一次シールが漏れた場合でも、流体が外部に直接出ないように保護する安全層」として機能します。
加えて、シールサポートの監視と保守も信頼性確保には欠かせません。シールガスの乾燥度や微粒子除去、供給圧の冗長化、圧力や流量の各種アラーム設定など、設計段階での配慮が長期運転の安定性に直結します。特にDGSでは、監視系の整備が適切であれば、非接触による摩耗ゼロの利点を最大限に活かせます。
最後に、既設設備のメカニカルシールやDGSへの置き換えに関しては、初期導入コストや機器停止の必要性はありますが、運転中の水使用削減やメンテナンス頻度の低減、稼働率向上といった効果により、短期~中期で投資回収(ROI)が可能な事例が多数報告されています。中には、導入からわずか1年以内でコスト回収を達成したケースもあり、経済性と環境対応の両立が可能と言えます。
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まとめ:技術進化は“水”から“非接触”へ
産業用の回転機器(ポンプ、タービン、圧縮機、発電機など)では、軸とケーシングの接点からの流体の「漏れ」が古くからの課題でした。かつてはグランドパッキン+軸封水弁で漏れと摩耗を防止するのが一般的でしたが、近年は環境規制、節水、稼働率向上の要請から メカニカルシールや、さらに進化したドライガスシール(DGS)という非接触シールへの移行が進んでいます。このブログは伝統的な軸封水弁の仕組みとその限界を整理し、現代の主流技術の仕組み・メリットを対比しながら解説します。技術は進化していますが、まだまだ既設の設備を利用することもあります。その場合の注意点もしっかりと現場技術者の目線で理解できるようにしましょう。
水使用削減やメンテナンス低減、稼働率向上により短期~中期で投資回収が可能です。軸封技術の選定は、安全性・環境性・経済性のバランスを見極めることが重要であり、現場運用と設計を一体で考えることが成功の鍵と言えます。

