はじめに
私たち電気エンジニアにとって、誘導電動機はプラントや工場の心臓部を動かす最も身近な機械です。その制御に欠かせないのがインバータです。T係長自身も、インバータの制御回路を作ったり、設定をしたり、調整をしたり、日々触れ合っているはずなのに、電験三種の問題は難しく感じたものでした。
実は、電験三種で難解とされる誘導電動機の「滑り s」の概念は、あなたが現場でインバータを調整しているその操作にこそ、本質が隠されています。本記事では、理論の公式を暗記するのではなく、現場のインバータ設定の知識から「滑り s」を理解し、試験で問われる計算問題に対応できる力を身につけます。
現場のインバータ設定が教える「滑り s」の正体
まず、電験三種の参考書を開く前に、私たちがインバータを操作する際に最も意識するパラメーターは何でしょうか?それは、周波数(Hz)です。インバータは、入力された商用電源の周波数(50Hzもしくは60Hz)を自由に可変することで、誘導電動機の回転速度を調整する装置です。(細かく言えば、電圧と周波数を調整しながら、省エネ運転を行うのですが、その辺りの詳細はまた別の記事でお話をしましょう。)
インバータの出力周波数が「同期速度 Ns」を決める
誘導電動機は、回転子を回すために、固定子(ステータ)に回転磁界を発生させます。この回転磁界の速度を「同期速度 Ns」と呼びます。同期速度 Ns は、インバータの出力周波数 f[Hz] と、誘導電動機の極数 p[極] だけで決まる絶対的な速度です。
\( N_s = \displaystyle\frac{120f}{p}\) [min−1]
- \(N_s\): 同期速度 [min−1]
※単位の読み方は「毎分」や「パーミニッツ」です。T係長は「ミン・マイナ・イチ」と読んで、嘲笑されました。 - f: インバータの出力周波数 [Hz]
- p: 極数(2極、4極など)
【現場技術者の視点】 同期速度 Ns は、「インバータの出力設定によって、理論上、磁界が回転すべき速度」です。回転子(ロータ)はこの速度を目指して回ろうとします。ここまでの話にとっつきにくさを感じたかもしれませんが、それもそのはず。インバータは基本的には「基底周波数」というパラメータを「50Hz/60Hz」で初期設定してから、変更することがほぼないからです。
軸の回転速度 N が「実際の運転速度」
次に、電動機の軸にタコメーターを当てて測定した、実際の回転速度を「回転速度 N」とします。私たち現場のエンジニアは、4極電動機のインバータ出力周波数を50Hz(同期速度 1500[min−1])に設定しても、実際にタコメーターで測ると 1440[min-1] や 1470[min-1] にしかならないことを体験として知っています。では、
なぜ、インバータ設定通りの速度で回らないのでしょうか?
その原因こそが「誘導」電動機の動作原理にあります。誘導電動機は、回転磁界が回転子を「引きずり回す」ことでトルクを発生させています。もし回転子が同期速度 Ns と全く同じ速度で回転してしまったら、相対的な速度差がなくなり、誘導が起こらなくなってしまいます(回転する力が発生しない)。
つまり、トルクを発生させて電動機を回し続けるためには、必ず同期速度 Ns よりも遅い速度 N で回る必要があります。この同期速度に対する実際の回転速度の「ずれ」がこれから説明する「滑り」の本質です。
「滑り s」の正体は「速度ロス率」
「滑り s 」は、「電動機が、理論上の速度(同期速度 Ns)に対して、どれだけサボっているか?」を示す比率と言えます。下記の式で電験三種の参考書では紹介されることが多いです。
\( s = \displaystyle\frac{N_s – N}{N_s} \)
- 分子(Ns−N):理論上の速度と実際の速度の「差」、つまりトルクを発生させるために必要な速度差です。
- 分母(Ns):基準の速度です。
【現場技術者の視点】 滑り s は、電動機がトルクを発生させるために必須の「速度ロス率」です。現場実務では、定格運転時 s=0.02~0.05 (2%~5%)程度が一般的ですが、負荷が重くなるとsが大きくなり、軽くなるとsが小さくなりますね(上限は1未満)。とは言え、これもあまり意識はしません。速度メータやトレンドでは「回転数」として見ることが多いですからね。
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暗記ゼロで導く!「回転速度 N」の公式
「滑り s」の公式は覚えたとしても、電験三種の試験ではその公式を変形させた「回転速度 N を求める公式」が最もよく用いられます。
\(N(回転数) = (1-s)N_s \)[min−1]
この公式を暗記に頼るのではなく、「滑りの定義から自力で導く」ための手順をマスターしましょう。一度理解しておけば、自分で「導き出す」ことが可能になります!
公式を導くための「逆算テクニック」
滑り s は繰り返しになりますが、「速度ロス率」です。つまり、1-s は実際の回転数です。つまり、 Ns:N = 1:1-s の比例式が作れます。これを、中×中 = 外×外で計算すれば、先ほどの式が導出できます。とっても簡単ですね!
【受験テクニック】 公式を暗記するよりも、定義から公式を導出する訓練をしておきましょう。何度かやっている間に、「暗記しなければ」と思っていた式も自然と覚えることが出来ています。また、試験本番で公式を万が一忘れても、定義さえ覚えていれば必ず正解に辿り着けます。T係長も、変圧器の二次電圧の式がどうしても覚えられず、諦めて毎回ベクトル図を描いて導出していたら、まんまその導出過程を穴埋めする問題が出題されたラッキー経験があります。
実務知識を応用!滑りと周波数の考え方
電験三種の試験では、滑り s とともに「二次周波数 f2」に関する問題も頻出します。これも現場の知識から理解できます。
二次周波数 f2 の正体
二次周波数 f2 とは、回転子(ロータ)側に誘導される電流の周波数です。f2=s×f[Hz]の関係が成立します。滑り分だけ、二次周波数が小さくなります。
- 電動機が完全に停止しているとき(N=0、s=1)、回転子は固定子と同じ速度の磁界を浴びるため、f2 は電源周波数 f と同じになります(例:50Hz)。
- 電動機が同期速度 Ns で回転しているとき(N=Ns、s=0)、回転磁界と回転子の相対速度はゼロになるため、f2 はゼロになります。
【現場技術者の視点】 二次周波数 f2 は、回転磁界と回転子の間の「速度差」に比例する周波数です。この速度差が大きいほど、トルクが強く発生します。
滑り s が「1」と「0」の時の電動機の状態
試験問題では、滑りが特定の値を取る極端なケースが出題されます。これも現場の状態として考えると理解が深まります。
| 滑り s の値 | 回転速度 N | 状態の定義 | 現場での状態 |
| s = 1 | N = 0[min−1] | 始動時(停止) | 電動機がロックされており、トルクが最大となる瞬間。二次周波数 f2 は電源周波数 f と等しい。 |
| 0 < s < 1 | 0 < N < Ns | 定格運転時 | 通常の運転状態。s は負荷によって決まる小さな値(例:0.03)。 |
| s = 0 | N = Ns | 同期速度 | トルクはゼロ。この速度で回ると誘導が発生しないため、実際にはあり得ない(理論上の状態)。 |
| s < 0 | N > Ns | 発電機運転 | 外部の力(例:昇降機の負荷など)によって同期速度以上に回されている状態。回生ブレーキとして機能する。 |
【現場技術者の視点】 インバータに回生抵抗を接続するのは、s < 0(発電機運転)の状態になったときに、電動機が系統へ返す電気エネルギーを消費するためです。この「滑り s がマイナスになる状態」こそが、発電機運転であることの明確な証拠です。より実務的な内容を知りたい方は下記をご覧ください。
【受験テクニック】滑り s 計算の定石パターン
電験三種で滑り s の問題が出たら、以下の手順で解くのが最も確実で、簡単です。
Step 1: 同期速度 Ns を算出する
これはインバータ設定から導く、最も基本的なステップです。
\( Ns=\displaystyle\frac{120f}{p}
Step 2: 滑り s を定義式で算出する
問題文から与えられた実際の回転速度 N を使って、滑り s を求めます。下記の方程式を解くことが最善です。
\( N = (1-s)Ns \)
Step 3: s を使って二次周波数 f2 を求める
二次周波数 f2 が問われた場合は、滑り s を使って計算します。
\( f_2 =s \times f \)
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計算例題:令和5年度下期<機械>問15
問15 定格出力15kW,定格周波数60Hz,4極の三相誘導電動機があり,トルク一定の負荷を負って運転している。この電動機について,次の(a)及び(b)の問に答えよ。
(a) 定格回転速度 1 746 \(min^{-1}\) で運転しているときの滑り周波数の値[Hz]として,最も近いものを求めよ。
(b) インバータにより一次周波数制御を行って,一次周波数を40Hzとしたときの回転速度[\(min^{-1}\)]を求めよ。ただし,滑り周波数は一次周波数に関わらず一定とする。
公式 \( N_s = \displaystyle\frac{120f}{p} \),\(N = (1-s)N_s\)を用います。
\( 1746 = (1-s)\times\displaystyle\frac{120\times 60}{4} \)
\( 1-s = \displaystyle\frac{1746}{1800} \)
\( s = 0.03 \) …(滑り)
次に、滑りが出たので、公式 \(f_2 = sf \) を用いれば、
\( f_2 = 0.03\times 60 = 1.80 \) [Hz] …(答)
公式 \(f_2 = sf \) を用いて
\( 1.80 = s \times 40 \)
\( s = 0.045 \) …(滑り)
ここで、公式 \( N_s = \displaystyle\frac{120f}{p} \),\(N = (1-s)N_s\) を用いれば
\( N = (1-0.045)\times\displaystyle\frac{120\times 40}{4} \)
\( N = 1 146 \)[\(min^{-1}\)] …(答)
【現場技術者の視点】 「滑り s」は、電動機仕様(極数p[極])とインバータ設定(出力周波数f[Hz])から決まる理論的な同期速度 Ns と、タコメータで測る実測回転速度 N の相対的な差を示す、私たち現場エンジニアの感覚と直結した値ですね。
まとめ:滑り s はあなたの実務知識そのもの
誘導電動機の「滑り s」は、一見すると難解な理論に見えますが、その本質は現場のインバータ設定と実測回転速度の関係にあります。
- 同期速度 Ns:インバータの出力周波数 f[Hz] で決まる理論上の速度。
- 回転速度 N:実際に軸が回っている速度(Ns より必ず少し遅い)。
- 滑り s:この「遅れ」を比率で表した速度ロス率。
- 二次周波数 f2:滑り s に出力周波数 f を掛けた値 (\( f_2 = s \times f \))。
電験三種の合格には、定義式 \( s = \displaystyle\frac{N_s-N}{N_s} \) を暗記するだけでなく、自在に変形して N や Ns を導き出す訓練を積むことが大切です。あなたの豊富なインバータ制御の経験と、この理論的理解が結びつけば、「滑り s」の問題は最も得意な分野になるでしょう!


