はじめに:なぜ差圧式流量計の信号は厄介なのか?
計装システムの設計や保守に携わる、私たち電気エンジニアであれば、一度は差圧式流量計から入力される DC4-20mA信号 の扱いに悩んだ経験があるかもしれません。「PLCに入力して計算したら、現場指示値と合わない」、「低流量域で制御がやたらと不安定になる」などなどこれらは、信号に隠された二乗特性という厄介な秘密が原因で発生します。この問題に対処するため、流量計測では開平演算の意味合いを知ることが不可欠となります。本記事では、この開平演算の目的から、現場のトラブルを回避するためのノウハウまでを実践的に解説し、明日から使える知識を提供します。そもそもこの記事の前段となる「流量計にはどんなものがあるのか」を知りたい方は下記の記事をご覧ください。
計装の基礎:差圧式流量計の原理と二乗特性
測定の基本:オリフィスと差圧
差圧式流量計は、管路内にオリフィスやベンチュリ管といった絞り機構を設けることで、流体の流れの速さに応じた差圧を発生させ、この差圧を測定することで流量を間接的に知ることが可能になる計器です。この測定は流体の持つエネルギー(圧力と速度)の総和は、常に一定に保たれるというベルヌーイの定理に基づいていますが、ここで制御を複雑にする物理法則が存在します。
必須知識:二乗特性と開平演算の目的
流体の流量(Q)と、絞り前後の差圧(P)の関係は、単純な比例関係ではありません。物理法則により、差圧は流量の二乗に比例します。つまり \(Q \propto \sqrt{P}\) の関係が成り立つということです。この結果、現場に設置された差圧伝送器は、実際の流量ではなく、この差圧に比例した入力をもらいます。このままでは、流量に該当するDC4-20mAを出力することはできません。例えば、流量が2倍になる場合に、差圧信号は4倍に変化してしまいます。
この差圧信号が持つ非線形な二乗特性を打ち消し、流量と出力信号を線形(リニア)な比例関係に戻すために行われるのが 開平演算(平方根 \( \sqrt{ }\) 演算)です。この演算を挟むことで、出力される信号は真の流量に比例するようになり、計測・制御システムで正しく扱うことができるようになります。
信号の流れと演算実施箇所
この開平演算を行う場所は、システム構成によって大きく二つに分かれます。一つは伝送器側(スマートトランスミッタ)です。高性能な伝送器は内部に演算機能を持っており、差圧を測定した直後に開平演算を行い、最初から流量に比例したリニアなDC4-20mA信号を出力できます。T係長が出会うのもこのタイプばかりです。もう一つが制御盤側です。伝送器は非リニアな差圧信号をそのまま出力し、制御盤内に実装される PLC/DCS の内部プログラム、もしくは 単独の開平演算器(10FNS:エムジー製 等) で行うものです。
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現場のトラブルシューティングと注意点
注意点1:低流量域での不安定性
開平演算は、入力値がゼロに近いほど、出力(流量)の変動が大きくなる特性があります。流量がゼロに近いとき、差圧信号もゼロ近くになりますが、この微小な信号は現場のノイズや振動の影響を受けやすく、開平演算後の流量指示値がフラフラと 不安定に変動し、PIDなどの制御系に大きな外乱を与えてしまうことがあります。例えば下記のような感じです。
| 差圧信号 ΔP (%) | 流量信号 (%) (ΔP) | 備考 |
| 0.0% | 0.0% | ゼロ流量 |
| 0.1% | 3.2% | 差圧が0.1%動くだけで、流量は3.2%も立ち上がる |
| 0.2% | 4.5% | |
| 0.3% | 5.5% | |
| 0.4% | 6.3% | |
| 0.5% | 7.1% | |
| 0.6% | 7.7% | |
| 0.7% | 8.4% | |
| 0.8% | 8.9% | |
| 0.9% | 9.5% | |
| 1.0% | 10.0% | 差圧が1%に達した時点で、流量は10%に達する |
この問題への対策として、差圧信号が例えば5%未満になったら、強制的に流量をゼロと見なすロジック、すなわち低流量域での下限カット(ローカット)設定を組み込み、不安定な制御を回避することが推奨されます。T係長がよく見るのは、7~10%程度です。横河の差圧式伝送器の設定範囲は0~20%ですから、実際の現地納入の際に、安定するところを見極めましょう。
注意点2:ゼロ点の取り扱い
開平演算はマイナスの値を扱えないため、DC4mA(下限)が真のゼロ流量に相当していることが前提です。伝送器の ゼロ調整(ゼロスパン) がわずかでも狂っていると、流量がゼロであるにもかかわらず微小な信号が出力され、それが開平演算によって増幅される結果、ゼロ点がドリフト・不安定になることがあります。したがって、保守・点検時にゼロ調整を確実に行うことが重要です。
注意点3:演算忘れのリスク
もし差圧式流量計の信号に対して開平演算を忘れてしまうと、制御系、特にPID制御は大きな危険にさらされます。低流量域では、わずかな差圧の変化で実際の流量が大きく変化するため、制御システムが過剰に反応(ゲイン過大)してしまい、ハンチング(制御振動)を引き起こす最大の原因となってしまいます。
こんな阿保らしい事例あるのかと思われるかもしれませんが、あります。事実は小説より奇なり。設備更新の際に、機械設備担当者と電気設備担当者の連絡がうまくいっておらず、電気側は過去の経験から「さすがに開平演算付きだろう」と設計を進め、一方の機会設備担当者は「既設と同じ仕様にしました」で設計を進めてしまうという分業体制によって現地納入時にトラブルに気づくという酷い事案がありました。基本的には差圧式伝送器の設定で開平演算処理後の出力に変更するだけで対応できたので問題ありませんが、これが設定値で変更できないような機器だったら、ソフトで開平演算処理を組んでいたら、ひともんちゃくあったかもしれませんね。十分に注意が必要です。
注意点4:メンテナンス不足による導圧管の詰まり
近年はダイヤフラムシールのタイプ導圧管が無いタイプの差圧伝送器が増えていますが、それでも現場では昔ながらの導圧管を用いる差圧伝送器も今なお現役です。差圧伝送器の運用上のトラブルの90%以上はこの導圧管の詰まりと言っても過言ではないでしょう。定期的なメンテナンスを怠ることで、詰まりが生じて正しい測定ができなくなってしまいます。設備更新の際に、ダイヤフラムシールタイプに置き換えることも選択肢の一つになるでしょう。
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まとめ
本記事を通じて、差圧式流量計が持つ二乗特性という非線形の壁、そしてそれを打ち破るための開平演算の絶対的な必要性をご理解いただけたかと思います。私たちは、ベルヌーイの定理という物理の法則に支配された非リニアな差圧信号を、PLCやDCSのSQRT命令や専用演算器を使って、初めて制御可能なリニアな流量信号へと昇華させているのです。
ただし、演算を正しく組み込んだとしても、特に低流量域においてはノイズが増幅されやすく、制御が不安定になるリスクが残ります。この問題に対しては、実務経験豊富なT係長が現場で採用しているように、下限カット(ローカット)を適切に設定することが、安定稼働への鍵となります。また、演算忘れというヒューマンエラーや、導圧管の詰まりという物理的なメンテナンス不足も、一瞬でシステムを機能不全に陥れる要因となります。
差圧式流量計を使用する限り、開平演算は単なる計算ではなく、安定と安全を担保するための計装プラントエンジニアの知恵そのものです。今回の記事で解説した演算の原理、スケーリングの注意点、そしてトラブルシューティングのノウハウを、ぜひ明日からのプラント管理や設備更新の現場に活かしていただければ幸いです。


